5階の怪

4月の最初の週にこんな記事を書いた。

その、タバコ臭い隣の部屋は、3ヶ月もしないうちにまた空き部屋になった。結局、中で何をしていたのかわからない。エレベーター前で一緒になった人が「何のお仕事をなさっているんですか?」と聞いてみたら、「テレワークです」と言っていたらしい。テレワークじゃ答えになっていない。ホールのタバコ臭さはすっかり消えたけれど、怪しいニオイは残った。

さて、今日もいつものようにエレベーターに乗り、8階のボタンを押した。ひとりだった。扉が空いて外に出ると、エレベーターホールに大きなマットが敷かれていた。何やらエスニックな派手な柄の、玄関マットと言うには大きすぎるマットだった。おやおや。

どうやらまた、新しい人が入居したらしい。ドアを見たけれど、まだ表札はない。今度は何の仕事なんだろうなぁーと思いながら、事務所のドアに向き直った。鍵を開ける前にノックしようかいつも迷うのだが、どうせいつも私が一番だ。カギを取り出し、鍵穴に当てる。……あれ? 入らない。え? なんで? と、顔を上げたら、ドアにはそこにあるはずの会社のプレートもない。なんでなんで? とエレベーターを見たら、「5」という数字が燦然と輝いていた。

5階? 私が押し間違えた?
わぁー、ノックしたりしなくて良かったぁーーー!

止まっていたエレベーターに乗り直し、8階を押した。上昇して、止まって、ドアが開く。今度は間違いない。マットもないし隣は空き部屋。ドアのプレートはちゃんとあるし、もちろん鍵もスッとささった。

それにしても、8階と5階を間違えるってあるだろうか。パネルの「8」と「5」が横並びなわけでもないし、自宅が5階だからうっかりということもない。そんなにぼんやりしていたんだろうか?

悶々としていたら、後から来た人が「昨日、エレベーターが壊れて大変だったのよ」という話をはじめた。5階で必ず止まってしまって、その先へは動かないから、残りは階段で上がらなければならなかったという。管理室に電話したら、同様のクレームが多数来ていたらしい。暑いのに大変だったろう。

「……で、今日っていうか、今はふつうに8階まで来れましたか?」
「ええ、昨日のうちに直ったからね」

なぜだ。なぜ私だけ今日も5階で降ろされたんだ? 昨日は来なかったから、「あ、こいつにはまだイタズラしてないぞ」ってんで、一杯食わされたのか? 

……って、何に、何を?

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sakurai
書かなければ忘れてしまうようなことを書き、次の日には書いたことを忘れています。1960年代生まれ。♀。肩書不定。ただの「私」でありたいんだと青臭いことを言っても、読んだらわかるただの主婦。