いつかは今から

 本を一冊読み終えるのが遅くなった。間を開けるので、前に書いてあったことを忘れてしまったりして、あれ? この人とこの人ってどういう関係だったっけ……となる。メモを取りながら読むというのもペースが乱れるし、大抵は電車の中で読んでいるのでそのままになる。

 そんなのんびりペースと曖昧さの中で「オリーブ・キタリッジ、ふたたび」(エリザベス・ストラウト著)を読み終えた。前作は「オリーブ・キタリッジの生活」だが、これはHBOのドラマになっているのを観た。アメリカの架空の港街に住む中年女性オリーブ・キタリッジと、その周辺の人々の話だ。オリーブは中学の数学教師で、夫と息子がいる。地味で辛辣で、他人に厳しくて頑固で、およそ女性らしくはないのだが、決して豪放磊落ではなく、心の奥底にぐるぐると渦巻く感情を抱えているのが分かる。身近にいたら怖くて自分からは近づけないだろう。でも、声をかけてもらえたら私は嬉しい。そういうタイプの女性だった。原作も読みたかったのだが、電子書籍になっていないのでいつか、と思っていた。そこへ、(なぜか)続編の方がkindleで出たので、喜んで買ったのが「オリーブ・キタリッジ、ふたたび」だ。

 前作(ドラマ)は子育てや秘密の恋、夫の介護等があった末に愛犬も亡くなり、オリーブが「ひとり」になったところで終わった。続編ではさらに歳を取って70代から80代までが描かれていた。短編集の形で、オリーブが主人公のこともあれば、脇役のこともありながら年代が進む。周囲を見つめ、自らの老いに不安を覚えるようになるオリーブの姿は、近未来の自分のことのように身につまされた。

 仕事柄、私の周りには年配者が多い。趣味で始めた10年前を思えば仲間も10歳年をとっているし、最初に担当した受講生さんらもそれぞれ5歳、年を重ねている。50から60はそうでもないだろうけれど、65歳あたりから75歳の変化は大きいように思う。「70になったらね、急にあちこちガタッとくるのよ」ということも、よく言われる。「脅かさないでくださいよー」と笑うのだが、何人もの人がそういうので、生物として、そういうものなのかもしれない。

 老い方にも個人差があるので、若々しい人もいれば年齢より弱々しい人もいるが、年配者と接していると、○年前はこの人、こうじゃなかったのにな、と思うことは少なくない。でも、「だから歳はとりたくないなぁ」とは、思えなくなってきた。それだけ老いが身近になったからだろうか。いやだと言ったところで、必ずいつか行く道だ。何かしらの衰えは仕方がないのだから、そこに拘るよりも、今できることを長く楽しんでいきたい。

 そんなことも考えて、今まで力技でなんとかしようとしていたピアノの基礎に立ち返り、ハノンなどを開いている。そのことについてはまたそのうちに書きたい。

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sakurai
書かなければ忘れてしまうようなことを書き、次の日には書いたことを忘れています。1960年代生まれ。♀。肩書不定。ただの「私」でありたいんだと青臭いことを言っても、読んだらわかるただの主婦。