どんどん忘れるけど

なにか、書こうと思ったことがあったはずなのに、その時に書かないと忘れる。それほど「書かなきゃ!」とも思わないのでメモも残さない。うすぼんやりと日々がすぎている。

今日は朝から歯医者だった。クリーニングはともかく、治療を受けるのは久しぶりなのだけど、今通っている歯科医(女性)はびっくりするほど優しい。「こんなことしてごめんなさいねー」という感じで接してくる。今ってみんなこんななのかな? まぶしいだろうからとタオルを乗せて目隠しをしてくれるのも、私としては初めてのことだ。色々見なくて済むだけとても楽だ。(何をされるのか見えないと怖い人もいるかもしれないけど)

先生が女性だと、手が小さいのでいくらか口が楽だ。だいぶ前にも女性の歯科医にかかっていたことがあるけれど、そのときの先生はヒステリックで、アシスタントに対して使う言葉がきつかった。そこは英語の国だったが、駐在員御用達の歯科医だったので「口を開けてください」などは日本語で言われる。が、それくらいなら英語で言ってくれても分かるのに…と思ったのを思い出した。何か、親切なようで親切でない。そういったことはよくあるよなぁ……ちょっと今思い出せないけど。

今日は隣りで、日本語の分からない人が、同行した人に通訳してもらいながら治療を受けていた。先生は私に対するのと同じように親切に日本語で声をかけながら治療を進めていた。それを同行者がぶっきら棒に通訳するのだが、それでも、先生の言葉のやさしさは伝わってただろう。大事なのはトーンだ。意味は頭だけに、響きは心にも届く。

帰りに寄ったスーパーの生肉売り場の前で、1歳代の女の子がベビーカーの上で体をつっぱらせてギャンギャン泣いていた。ギャンギャンギャンギャン、それはそれは長い間泣き叫んでいるのだが、両親は知らん顔で話しながら商品を見ている。女の子には声もかけない。その光景がなんだか怖くて、一刻も早く泣き声が聞こえないところまで離れたい一方で、なんとかその女の子がお母さんに抱っこしてもらえて安心するところを見たいのとで、胸が痛んだ。久しぶりに他人に腹が立った。

いつも無視されているから泣き声がエスカレートするのか、いつもはそんなじゃないからこそ、どうしてどうして? と泣いているのか、わかんないけど。

あんな風に育てられたら、自己主張できる強い子に育つのかなぁ。それはそれで、いいのかなぁ…

sakurai
書かなければ忘れてしまうようなことを書き、次の日には書いたことを忘れています。1960年代生まれ。♀。肩書不定。ただの「私」でありたいんだと青臭いことを言っても、読んだらわかるただの主婦。