休日にスーツの人

趣味の教室に見学者が来た。私より10は年上の男性。でも「おじいさん」とは言い難い、硬質な、まだまだ現役の雰囲気だった。スーツを着ていて、何かの視察に来たような、そんな感じに警戒心を覚えた。

「見学」だけと言いながらも、しぶしぶと一緒に練習に参加してくれた。どんな文章も澱みなく読めて、いい声だった。でもたぶん、入会はしないんだろうなーと思った。視察…いや、ただの見学だろう。女性ばかりの中で色々と面食らっているようにも見えたし、先生の方しか見ないし、自己紹介も○○という名字と居住区域だけボソッ。近くでよくビジネスランチをしていて見つけたという参加理由も、それだけ? と言う感じで釈然としなかった。

先生から「皆さんも自己紹介を」と促されたけれど、いやいや、みんなに名前だけ言われても一度に覚えられないですよねぇなんて、笑って誤魔化してしまった。だって、どうせ視察…いや、見学なんだ。こっちだって素性は明かしたくない。

ところが、お疲れさまの時間になると、その人は入会の意志を明かして、諸々の費用を「今日、払っていきます」とさっさと手続きを始めた。意外や意外。気に入っていただけたの?

一緒に帰路についた仲間と驚きを確認し合った。まさか、入ってくれるなんてねー…

家に帰ってから、ふと思いついて居住地と名字を入れて検索。ジャーン。トップにその人の顔が出てきた。あーーー、やっぱりそうだったのねー、である。いずれ分かると思って言わなかったのか、知って欲しかったのか、知られたくはないのか、わかんないけど。

すぐに誰かに彼の正体を明かしたくなった。「ねえねえ、」って。でも、そういうことするのは美しくないなーと思ってやめた。ほんとのところ、肩書きなんかどうでもいいのだ。言わない人の方が好きだし。

というわけで、私はそれが教室内で周知のことになるまで、全く知らないふりを決め込むことにした。知ってたなんてことも言わないさ。嘘つきだな。

できれば、ただ一緒に趣味を楽しむおじさん、いや、おじいさん、いや、ただの○○さんのままでいてほしい。次回は普段着で来て、そしてだんだん打ち解けてくれて、そこにいるのが当たり前になったらもう、どこの誰だっていいんだ。

sakurai
書かなければ忘れてしまうようなことを書き、次の日には書いたことを忘れています。1960年代生まれ。♀。肩書不定。ただの「私」でありたいんだと青臭いことを言っても、読んだらわかるただの主婦。